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エーデルワイズの思い出

「絵には正解はないけれど、文章には正解があるのよ。クラシックの音楽みたいに」と、11月に編集のMさんが言っていた。杉本さんは、絵は今までの蓄積があるからそんなに心配ないけれど、文章はこれから果てしない鍛錬が必要よ、と。

 

昔、フルート奏者から1年くらいオカリナを習っていたことがあった。軽い気持ちではじめたのに、その先生は超スパルタだった。真剣だった。年配の生徒さんがあまりにキツく叱られて泣いたこともあった。「とにかく譜面通りに吹きなさい!」と繰り返し叱咤された。クラシックの演者は譜面を正確に再現するのに精一杯で、個性や表現は2の次であることをそのとき知った。というか、譜面ばかりを追っかけていても個性は音に出るのだと。「杉本さんの音はもの哀しいから、この曲に合うのね」と、エーデルワイズを練習しているとき先生が言った。そして「そうだ!今度のクリスマス・コンサートで杉本さんこの曲独奏しなさいよ!」と迫られて震え上がったことを覚えている。この後事情があってオカリナ教室に行けなくなったので、独奏はせずに済んだ。

 

文章は難しいなと思う。このブログも、過去の投稿をしょっちゅう加筆修正している。それが苦ではなくておもしろいからしている。文章は絵と違うから、クロスワード・パズルみたいに気分転換になる。削除もする。誰かを傷つけたくはない。何かを押しつけたくはない。ひとりよがりになるのはいやだ。でも正直がいい。書いた直後はわからなくても、月日がある程度過ぎてからわかることが多い。

 

歳月がたっても、読める文章、観れる絵、というのがいいと思う。