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気まぐれ

絵を描くときはせっかちで、昔「自分は向いてるだろう」と信じて習った銅版画が、まったく不向きだとわかったときは、笑ってしまった。

タッチに任せて絵を描くから、下描きも好きじゃないし、ラフ・スケッチも気がのらないし、銅版画のように絵を仕上げるまでに行程がいくつもあるといらいらすることが、そのときわかった。

 

最初に、つけペンと墨汁で人物の顔を描く。偶然に描けたその顔と線に導かれて、そのあとどうするか決めていく。どこに向かったら自然な動きか、このひとは何を求めているのか、探りながら描いていく。最近はすこし構図が複雑になってきたので、途中アタリを鉛筆で描きこむ。

手数がかかるモチーフから描くときもある。植物とか。細かな花や葉を黙々と先に全部描いてしまって「こんなに苦労してここまで描いたから、絶対失敗したくない」という緊張感をつくってから、人物を描くときもある。

 

鉛筆でラフを描こうとすると、なーんにも出てこないというか…手が動かないというか、経験だけで、新しいものが出てくる感じがしない。仕事の依頼ではラフが必要な場合がほとんどなので、これは課題でもある…。仕事において、クライアントさんとわたしの予想を超えるものが描けるようになれたら良いなと思う。

 

下描きもラフもなしで架空の顔を描くことが、いちばんわくわくすることだ。3度の食事より好きかもしれないし、延々と描いていられる。

もし、今後いっさい静物画か風景画以外は描いてはならないと言われたら、あっさり絵を描くことをやめると思う…うーん、いや、どうだろう。

「真夜中」の続きの場所。ポケットから手を出すこと。

作品集「Close Your Ears」に寄せた文章を特設サイトに掲載していただきました。

Close Your Ears

ここにも掲載しておきたいと思います。書いているときは気づかなかったけど、自分のいちばん大切なもの、いちばん弱いものを晒した文章になりました。

 


 

「真夜中」の続きの場所。ポケットから手を出すこと。

 

2016年11月。深夜、机に向かっていた。尾道の 本と音楽 紙片 で催される個展に向けて絵を描いていた。描きながら、ふとなつかしい感覚におそわれた。今わたしがいる場所を知ってる…どこだろう?手を動かしながらあれこれ記憶を巡らせた。そして思い出した。そこは、2010年の個展「真夜中」の場所だった。それに気がついたとき、思わず笑った。嬉しかった。自分にもそういう場所があることをそのときはじめて知った。

「耳をとじて」は、6年ぶりの個展だった。

 

2016年の終わり。「いっしょに本を作りたいです」と、紙片での個展を観た えほんやるすばんばんするかいしゃ の荒木さん、純子さんから長いメールをいただいた。2017年2月、ふたりは、わたしが参加している岡山でのグループ展も観にきてくれて、会場近くの喫茶店で3時間くらい話をした。その帰り道、真冬の高速を運転しながら「この話は本当に進むかもしれない」と信じ始めたのを覚えている。それまでの長いあいだ、誰にどんな“良い話”をされてもほとんど真に受けなかった。一喜一憂したくなかった。それは、ポケットに両手を突っ込んだままつっ立っているような気分だった。

 

無名のわたしに「個展をしませんか」と紙片の寺岡さんが声をかけてくれた。そこに荒木さん純子さんが加わり作品集を作ることになった。そしてデザイナーのサイトヲさんが現れた。その膨大な作業のなかで、わたし以上にわたしの絵を観たひとたちだ。自分が描いた絵がそれほどの労力を費やす対象となることに慣れず、赤くなったり青くなったりした。そうして2018年の冬まで2年をかけて、わたしは、ポケットに突っ込んだままになっていた両手をそろそろと出すようになり、塵やらゴミやらまでいっしょに出して、きっと、本当に久しぶりに自分の両手を見たのだ。もう完全にジタバタしていた。

 

2020年始め。「Close Your Ears」の紙片版「Close to My Ears」。そして新しい作品集「AGEHA」。同じメンバーで、この2冊の本造りが本格的に動き出した。「Close Your Ears」発行から1年以上たち、最近ようやく少し落ち着いた気持ちで、この最初の作品集を手にとれるようになった。この文章は1年間ずっと書き直し続けていた。そのまま、途切れることなくまたゆっくり進み出す。貴重な歳月が続く。

 

ポケットにはまだ何かあるはずだ。わけのわからないものが。それらを指先でつまんでおもしろがってくれる本造りのメンバーに、心から感服し、感謝しています。そして、塵ゴミが払われて美しく仕上がった1冊が、誰かの手に届くことを、心から幸せに思います。

真夜中

気分転換に書いている。真夜中。近所のコンビニでカフェラテを買ってきた。

夜の作業スピードと集中力は昼の2倍になる。静かで、ひとりで、自由だ。時間は自分だけのものだ。そして「あんまり無理しないでね、これお守り」と息子が置いてくれた謎のレゴの物体と、兼継がいてくれる。兼は、足の裏に墨汁をつけてあちこち歩いたり、トレース板の上で寝たりするから、ちょっと困る。

 

とはいえ、夜型にはなりたくない。今だけ。

仕切り直し

3月3日から春休み終了まで小学校お休み決定。息子の各習い事先からも連絡があり3月一杯はお休み。

3月は、引き続き大切な仕事がたくさんある。久しぶりの夜業になる。うーん。でも、夜中のほうが集中力があがるし作業が早くなるし、なんとかなるでしょう。

 

息子に「しばらくそうちゃんひとりで寝れる?ママ夜に仕事するから」と聞くと「うちが貧乏になって全然かまわないから、ボクはママと寝る。ムリ」ときっぱり言われる。

けもの道

先日、折りをみては書き直し続けていた、作品集「Close Your Ears」についての文章を、1年越しでようやく書き上げた。もうすぐサイトに掲載されるけれど、その文章を書くことで、あらためてわかることが多かった

そして「AGEHA」に続いて、今、原画と文章を書いている絵本。この仕事は、なるべく自分の頭はゆるめておいて、ふわふわしたどこかに手を伸ばして指先に触れたものを、描いたり、書いたりするようにしてる…けれど、同時に、ちょっとマトモじゃないこと、非日常なことも、ドバドバと実生活に引っ張り出されてきて「これはいったいどういう意味だろう?」と途方に暮れることになってしまった。内省的な作業と現実がリンクして、よれよれになっている。

 

今日、家族が寝てからお風呂に入り、鬱々とした気持ちで湯船に浸かっていたら、ふと「もう、絵を描いてる自分とそうでない自分を分けなくて良いかも」と思った。そういうことを今まで考えたことがなかったし、実感することもなかった。「もういいじゃない」と思った。そしたら、涙がぼろぼろ出てきて、そのままお湯に浸かりながら1時間おいおい泣き続けることになった。そんなに泣いたのは8年ぶりだ。とてもすっきりした。

 

2020年になるとき「走れるとこまで走る」「潜れるとこまで潜る」「死ぬ気でやる」と口にも出したし、書いてもいたけど、これが言うのはたやすいことで、かなりキツい。まだ2月中旬なのに。あと10ヶ月、何を見るだろう、どうなるだろうか。

とりあえず、野菜と肉を食べて、ちゃんと睡眠をとって、散歩を続けないと、もたない気がする…。

まだまだ甘ちゃん

先週は、風邪をこじらせ、絵本の打ち合わせをして、息子の発表会があり、両親が鳥取から来ていた。

なにより風邪を治したくて、ふだんそんなに食べない肉とお米とチョコレートをがつがつ食べて、打ち合わせの後、パスタと肉をたらふく食べて、そして両親がいるのでふだんと違う食事をたくさんとった。結果、日曜日は朝から身体がだるくて仕方なかった。炭水化物とタンパク質で胴体がぱんぱん。

家族が出かけてひとり。 ”なにもかもめんどうくさい。このままトドになってしまいたい" という気持ちを払うために家の掃除をして散歩に行った。掃除が半分終わる頃には頭がすっきりした。政庁跡はさざんかが美しかった。

 

絵本の打ち合わせについて。編集Mさんの言葉がひびいた。年上のベテラン編集者であるMさんは、静かにやさしく話し、静かにやさしく話を聞いてくださる方だ。そして話していてとても楽しい。わたしが”ポケットから手を出せる”方だ。

これからの作業はMさんの裁量で想像以上に自由な世界だった。あまりに自由でしたいこともたくさんあって、ぽーっとなった。そしてその暗くて深い道が恐ろしくもあったし楽しみにもなった。

 

それにしても「編集者」というのはこのようなお仕事なんだなと知る。わたしには見えない道筋と確信を持ってらっしゃる。それは、適正と、過去の膨大な経験でできたものなのだろうと思う。別業種のひとが、そのひとのそれまでのすべてを用いて判断し、リスクを負いながらも断言する姿を見るのが大好きだ。格好良い。わたしは家族も会社も店も背負ってないし、材料も紙と墨汁だけで元手がかからないし、まだまだ甘ちゃんなんだと思う。

ささやかな願い

今絵本を描いている。来年出版予定。荒木さんからも連絡があり「あげは」の本造りもいよいよ動き出しそう。

絵本の編集の方が来週福岡に打ち合わせにいらっしゃるので、今はその準備。どうかな、どうだろうか。

このお話をいただいたとき、絵は描けるとしても物語はどうだろうか…書けるだろうか…ということで、文章は別の方にお願いする予定だったけれど、鍵となるモチーフを提案していただいたら、ある日物語はすとんと出てきた。そして書いてみた。それをそのまま編集の方に投げてみた。とりあえず、それで進められることになった。今度はさらにふくらませて整えた(つもりの)文章をチェックしてもらう予定。「やっぱり他の方にお願いしましょうか」と言われたらどうしよう。かなりのめり込んでるから、ボツになったら帰りの電車で泣くかも。

 

「あげは」とこの絵本が出版されるまでは死ねないぞと思う。健康診断に行こうかなと考えたりする。そういう気持ちで何かにとりかかるのは3年ぶり。

とりあえず散歩に行こう。

時間は大切

息子が土曜日から体調を崩し昨日からずっと高い熱が続くので、本日学校お休み。明日もお休み。インフルエンザ?と危ぶんだけど、どうやら風邪のよう。そしていろんなものを息子から浴びたわたしにも移ったよう。咳が出る。

 

今年に入りかなり仕事をセーブしていて「がんばればできる」を10としたら、7割くらいの案配で仕事を入れてちょうど良いかなと考えていたけれど、やっぱり6割かも。うちは近くに身内が住んでいない完全核家族だから、こういうことがあるとどうにもならない。来年からは平日に1日自分のお休みがとれるように管理したい。お金よりも大切なものは時間。

 

しかし、今月はちょっと忙しい。今夜は息子の様子を見守りながら今から仕事。

今のところ

オンラインに絵をどんどんアップするので、転用や真似されたりは大丈夫ですか?と心配してくださるかたもいるし「こんなふうに使われてますよ」と知らせてくださる方もいるし、なんと相手に警告までしてくださる方もいる。気にかけてくださってありがたい。

 

そういうことに関して、今のところ気にしない。無断で転用されてるのを観ると「ほぇぇ〜」と思う。あまり自分に関係のあることのように感じない。たとえそれで利益を得るひとがいるとしても、こちらの何かか減るわけでもないかなと思う。

無断で転用したりそのまま真似する作業は、すこしさみしい作業だ。そういうところに合わせて配慮したくないように思う。たいはんの、多少でも好意を持って観てくださる方々のことを優先したい。真似するひとがいるとしても、真似が本家に迫ったり、本家を越えることがあれば、それは本家の不足なのだと思う。こちらももっとがんばらなくてはと思う。きっとなんでも。

お風呂あがりに

昨日お風呂あがりに、来年の個展のおおまかなイメージがすとんと決まった。

むずかしい課題はお風呂からあがって身体をふいてるときに、ふっと答えがおちてくることが多い。たぶん一番頭がからっぽの時間なんだろうと思う。なんにも考えていないときにおちてくる。先日も「それはしたことないのでできるかわかりません」というような課題の具体案が風呂あがりにふってきて、そのまま脱衣所で i-phoneのメモに概要をばーっと書いておいた。どうなるかな。どうだろうな。

 

個展は11月がいいな。どんどん寒くなっていく季節とともに準備をすすめるのが好きだ。

 

追記:あと、車の運転中にも浮かびます。