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頼ったり甘えたり

どうにもならない…ということで、息子を週3回民間の児童託児所にお願いすることに。昨日は、近所の友達ふみちゃんが「うちでそうちゃんを預かってあげるから仕事しなよ」と、昼ごはん、夕ごはん、お風呂、送迎まで引き受けてくれた。ふみちゃんは数日前、わたしの夢にも出てきて「なんかあったら頼ってね」と真面目に言ってくれた。それもあって、素直にお言葉に甘えてお願いできた。託児所もふみちゃんの紹介だ。ありがとうしかない。

昨日は丸1日仕事をさせてもらって、今日は息子は託児所。息抜きに散歩へ。頭がすっきりする。

散歩

あれれ、めずらしく陸にあがってる。いいね。待て待て。

やっほーー

今朝8時半。誰もいなかった。

「やっほーーー!」と言いたい気分だった。言わなかったけど。

霜と梅

週末、月曜は整体、昨日は悪天候…ということで、4日ぶりの散歩。8時45分。空気がキンと冷たくて、気持ちの良い朝。息が白い。

手前の白は霜の色。霜がキラキラしてきれいだったのだけど、写真ではわからない。来月にはたくさんの梅が満開になるだろう。4月は桜。とても楽しみ。

観世音寺

政庁跡より少し先にある、観世音寺まで散歩する。春のように良い天気。気持ちの良い場所でした。

ざあざあ雨

午後2時半。わりと土砂降り。ぶ厚いダッフルを着てきて良かった。

ぽーっとカッパ化していたら「…これは、久しぶりにやばい。乗り切れるのか」というくらい、現実的な仕事の〆切があれこれズレこんで2月後半に集中してきた。ひとまずカッパは棚上げしておいて、バリバリ現実モードになろう。

ついつい朝に散歩に出る。冬の朝がきれいで。

 

過去のブログをすこし読み返す。淡々と毎日を送っていたつもりだったけど、すこしずつ、潜ってきたのかなと思う。

カッパが浮かぶ。ひとりのカッパが、薄暗い明け方、池に向かって ひたひた歩いてくる。カッパはそのまま音もなく池に入り、進んでいく。身体は徐々に水に浸かり、胸も浸かり、口、鼻、そして眼、頭のお皿。すっぽり池の水に浸かる。水中は静かで冷たくない。カッパだから呼吸も苦しくない。暗いけど怖くない。無表情でぽかんとした感じをキープするのがカッパ・ルール。

1月の終わり

散歩は朝が気持ち良いけど、午後に戻してみる。

午前中は全部机に向かったほうが良いみたい。

来年の今頃、どのような心持ちで花を見上げてるだろう。

想像もつかない。

わたしの神さま

高峰秀子さんが書いている。

”私は宗教を持たない。が、私は私だけの「神」を自分の心の中に持っている。私の神は常時私によりそって、私のすべてを静かな眼でじっと見つめている。優しいけれど超オッカナイ神だから、私は気安く願をかけたり甘えたりせず、ビクビクと遠慮がちにおつきあいを願っている”

わたしはちょうど、そんな気持ちだ。

わたしの神さまは今「いいかげんにせい。しゃんしゃんとやるべきことをやりなせい。うろうろよそ見するな。背中丸めるな」と大変にご立腹のご様子だ。

寒い朝

大野山に霧がかかってると嬉しい。朝はひとが少なくていい。

 

いつも公衆トイレを清掃している老夫婦。掃除のあとのバケツの水を、おばあさんはピシャッと辺りにまく。おじいさんはそろそろと地面に流す。清掃後のブラシやぞうきんが丁寧に干してある。自宅のコタツの上に、テレビのリモコンや老眼鏡などがきちんと置かれているところを想像する。

 

いつだって散歩の前は「めんどうだな」と思う。そう思いはじめたら、なるべく頭をからっぽにしてさっさと外に出る。特別な格好はせずにふつうの格好で出る。「もうあの夫婦は水を使って掃除をしてる時間だな」とうっすら思う。